誰かがいなくなってしまうこと

誰かが自分の前から去っていくのが耐えられない。

何も手につかない。心にぽっかり穴が開いたみたい。

自分が去った方がましだ。本当に辞めてしまうのだろうか?

辞めてしまうのだ。現実だ。

その人との思い出がよみがえってきては涙がこぼれる。

何度も深い話をして、従業員の中でも、かなり安心できる存在だった人。

本当に私はお別れが苦手だったんだ・・・

いつも人より先に辞めてしまってたから気づかなかった。

まだまだ治ってなかった・・・

もう自分がコントロールできなくなってきた。

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諸行無常

去っていく人を引き止めることはできない。

私の職場は結構入れ替わりが激しい。

そのたびに心が揺れ動く。

お姉ちゃんみたいに優しくしてくれた人、妹のようにかわいがってた子、

辞めても友達でいようとか、何も変わらないなんてそんな言葉は要らない。

最近妙にハイテンションになってしまう・・・寂しいのか悲しいのか見捨てられ不安なのかわからないけど、いろんな人に電話をかけまくったり、いつもなら言わないようなことばっかりしゃべったり、もうコントロール不可能。

でもまたこの一件からも逃げてはいけないのだと思う。

別れがあって出会いがあって、川の流れをとめることができないように、進んでいく状況に身を任せるしかないのだと思う。変化しないものは何もないのだから・・・

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自分の意見を言うこと

つくづく思う。

私は人を楽しませたり出来ない人間だ。

昔から、「リアクションが薄いね」とよく言われていた。

どういう反応をしていいか分からない。

また、自分の意見を求められる状況になると、とても動揺する。

どこへ行きたい?

何を食べたい?

好きな芸能人は?

もちろん、もう何年も付き合っている古い友達にたいしては、そうじゃないけど、たいていこういうことを聞かれると、固まってしまう。

「分からない」「どっちでもいいよ」「何でもいいよ」「いないよ」「特にない」「別に」

私の答えはこういう言葉。

そしてまた恒例の全か無か思考。もう嫌われたからどうでもいいや。私はつまらない人間です、もう関わらないほうがいいよ。

そして、楽しい人からだんだん離れていく。

自分の意見を言うことが、どうしてこんなに苦痛なのか。

今まで私は楽をしてきたからだ。

小さい頃から何をするときもいつも母親の表情を見てきた。

そして、嫌な顔、曇った表情をしたときは、それは言ってはいけないことなんだ、もっとぴったりした答えがあるんだと思い、それが私の何かを話すときの判断基準になっていた。母親が笑ってくれればいい答え。父親が怒らなければいい答え。

私は嫌われたくないばっかりに、ずっと逃げる方の道を選んできた。同じような両親を持っても、きちんとそこで意見を言って「だってこれがいいんだもん」といえる子だっていっぱいいるはず・・・

すべては私の選択してきたこと。そして、繰り返しの習慣というのは恐ろしいもので、それが性格になってしまった。

いろんな意見を求めてくる人が、今近くにいること、それは感謝すべきこと。

今は、すごく逃げたいけど、逃げたら楽だけど、もう少し頑張ってみようと思う。

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天網恢恢疎にして漏らさず

昨日の夜まで、もう限界だと思っていた。

いろんなことが思い出せない。

仕事中もほとんど無意識で、「違うよ」とか「は?」とかいわれたときだけ我に返って何度も謝っていた。最後に鍵を閉めて出たか帰ってからも全く思い出せなかった。

単純なミスもあり、それがどうしてそうなったかも思い出せない。そのミスは自分じゃないとさえ思っていた。全く覚えていない。

そして、とうとう決定的に関係を終わらせるようなことをしてしまった。

私は本当にひどい人間だ。

どうすれば人が傷つくか、もっとも怒るか分かっててわざとそれをやる。

あの後どうなったのか、そのまま帰ってきてしまったから分からない。

夜寝るとき、もう目が覚めなければいいと思った。

仕事の夢ばかり見た。

明日中に何とか何かストレス性の病名をつけてもらい、もう二度と仕事には行かないって思った。タウンページを見て病院も探した。

朝目覚めると、やっぱり何かが頭の中を少し整理してくれたらしく、ちょっとだけ落ち着いていた。

私は平等ではないことが許せない。

そして、不正、不正義、うそも嫌。

でも、私だって、嘘をついてしまうこともあるし、怒られたくなくて知らないフリをすることもあるかもしれない。

自分がしたことは自分に返ってくるんだった。

その人が悪いことをしたのなら自然とそのうちその人にそれと同量くらいの悪いことが来るだけ。

私は取り乱してはいけなかった。私が仕返ししたら、またそのうちそれが自分に返ってくるのだ。

天網恢恢疎にして漏らさず

わたしはこの言葉が大好き。

誰も気づいてくれないようないい事をして、それを誰かに気づいてもらおうとしなくても、きっと見ててくれる存在がいるのだと思う。

それは、空かもしれないし、海や山かもしれないし、神様かもしれないし。

反対に、誰も気づかないだろう悪いことをしても、きっとそれを見逃しはしない存在がいるのだと思う。

そう思えば、近くの人が誰も分かってくれなくても、自分がしていないことで怒られても、まあいいか、と動揺せずにいられる気がする。

まだまだ完全にはそういうふうに思えないけど、悔しいとき、分かってもらえなくて悲しいとき、私はこの言葉を思い出して、何度も唱えている。

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何度も繰り返す出来事

なんか、同じことが繰り返されている気がする。

前にもこんな職場があった。そして私は、いろんな苦痛に耐えられなくて、逃げるように退職した。体調不良という理由でずっと休んでいて、そのまま辞めてしまった。

男女様々な人がいて、関係をかき回す人や、仕事中に泣きわめく人、社長に自暴自棄に食ってかかる人、いろんな人がいたなあ。

ちょうど何年か前のゴールデンウィーク前だった。時期も一緒。

きっとあの時逃げてしまったから、また同じ課題がきたのかなぁ。「逃げてはいけない、その事に気づきなさい!」といわれている気がする。

昨日、知人から、届いた荷物の中に、ほっとする冗談めいた一言が添えられていた。それだけで急に心が温かくなった。「遠く離れていても、私のことがどうでも良くなったわけじゃなく、こうして関係が続いている」そのことがすごく自信になる。

境界例の私達にとって、人間関係が続けられるっていうことは、本当に珍しく、だからとても嬉しかった。今の職場で私を大事に思ってくれる人が1人もいなかったとしても、そこがすべてじゃない、大丈夫ってちょっとだけ思えた。

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あきらめること

毎日が苦痛だ。でも、仕事なんてこんなものかもしれない。

でも、私としては、そろそろ限界だなぁ

もう、仕事中の休憩時間も、何ものどを通らなくなってしまった。

でもでも、このブログ見てくださっている方には申し訳ないのだけれど、気持ちがころころ変わるので、明日はどんな気持ちかは私にも想像できない。。。

心を凍らせるっていうのも結構疲れるものだね。心を動かされるのもつらいし。

その中間ができればいいのに。私は好かれてもいなければ嫌われてもいないその中間が一番って思えればいいんだけど、グレーゾーンは耐えられないから・・・

ちょっと楽しいとか、まあまあ仕事ができる(みんなと同じくらいに)とか、普通の扱いを受けているとか、ホントはそれでいいのにね、特別でいたいのかなあ。

心を凍らせるっていうのは、さいしょはフリをしているんだけど、だんだんそれが本当になって、他人のことはどうでも良くなっていく。今までは、この人には好かれたいと思っていたのに、その人が近くに来ると、うんざりしてくる。自分の中で、きっと嫌いになってしまったのかもしれない。その方が楽だから。私の中では、何かをあきらめるとか、誰かを嫌いになるって言うことは案外簡単にできる。

そして最終的にはみんながどうでもいい存在になって、仕事もつまらなくなって、就業時間がとてつもなく長く感じるようになって、それもまた、耐えられなくなるんだろうな。

まあこんな私でも長年付き合ってくれてる友達もいるし、その人たちを大切にしていけばいいか・・・なんて、そんな考えに落ち着いていく。

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一夜明けて

結局朝まで眠れなかった。

布団に入ったのは午前8時頃かな?

そしてなんと、夕方まで寝てしまった・・・

そしたら少し、思考も変わっていた。

落ち込んでいるときにさらに眠れないってことは、どんどん悪い方へ考えが進んでいってしまうのかもしれない。

外で遊ぶ子供たちの声がうるさい。

私の部屋の玄関の前でどんどん何かをたたいている。

私は小さい頃、そんなに感情を出さなかったよ。

ギャーギャー騒いだら、親にしかられたよ。

イライラしながら、夕ご飯を買いに外へ出ると、私の怒りはすっとひいていった。

そこには理想の家族の姿。立ち話しているお母さん達。早く帰ってきて子供と遊ぶお父さん。棒を持って笑顔で走り回る子供達。

幸せの御裾分けをされたようだった。

そして、ちょっと本屋さんに立ち寄ってみた。そして馬鹿みたいに、1人1人の顔を見ながら、この人は境界例だろうか?なんて考えていた。そしてこの人は、境界例を受け入れてくれる人であるかとか。

境界例や、依存症の本を読んでみたけど、周りの人は振り回されないためにどうするかとか、治療は長引く、難しいとかは書いてあるけど、本人はどう進んでいけばいいか書いてある本は少ない。私は、このあふれそうな感情をどう処理していったらいいのか。自分や人を傷つけないために、どんな考えでいればいいのか・・・

とりあえず、仕事を辞めるセリフはノートに書いて準備してある。明日私が冷静でいられなくなったときは言うことになると思う。

もうひとつ考えたのは心を凍らせる方法。もう何も感じない。誰とも仲良くしない。ただ淡々と仕事をして、業務以外のことでは話もしない。誰かと誰かが親密に話していようと、どうでもいいことって思う。すべての人に対する期待を全部捨てる。自分がロボットになったと思えばいい。私は0か100かの思考だから、そっちに傾くことができればもう少しこの仕事を続けていけるかもしれない。

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恋愛感情

私には恋愛感情というものがよく分からない。

この人は家族として安心できる人かどうかという基準しかない。

だから特定の誰かを好きというのではなく一人一人に対して、私が親にしてほしかったことをしてくれる人であるか、という調査に始まり、してくれそうな人=好きな人(男女問わず)ということになる。

しかも、一対一の男と女、女と女という関係は苦手でやっぱり私は子供でありたいのだ。

だから男と女として・・・となったら私は逃げると思う。こんなんじゃ結婚どころか彼氏もできないよね(笑)

しかも浮気なんかされた時には、「お父さんが他の女の人と一緒にいる!子供は一番かわいいはずじゃないの?」と怒りも2倍になってしまうと思う。あーあ。

しかもどんな私でも見捨てないか挑発してみたり、私ってかわいそうでしょ攻撃したり、いろいろ振り回してしまうと思うから、無理だなあ。冷静な気分のときは、そんなことしないんだけどね・・・

みんなはどうやって、彼氏と過ごしたりしているのかなあ。。。

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眠れないので

まだ眠れない。今日は寝られそうにない。

リストカットをすると、それが友達のように思えてくる。私の苦しい心の代わりとして、傷ついてくれてありがとう。

そしてこれがあれば、誰かに相手にしてもらえなくても、なんて事はないような気がしてくる。

ここでちょっと考えてみようと思う。私は何を望んでいるのか。きっと職場の人全員が、「私のことを一番好きで、それが永遠に変わらない」ことだと思う。もちろん絶対にありえないことだけどね・・・どうしてそういう思考になってしまうのか、見捨てられることがそんなに怖いのか。

男の人はお父さん、女の人はお母さんとしか思えない自分。だから自分を愛してくれる理想的な両親像であってほしいのだと思う。生まれたばかりの赤ちゃんを無条件に愛するように。

デパートなんかで、ダダをこねて泣いている子供を見かけたとき、「うわー、親は大変だね」と、私が言ったら、「うちの子はそんなの一度もなかったよ。全く手のかからない子だったよ」と母親。その瞬間に私の中で、我慢の記憶がよみがえった。大人だけの退屈な集まりに連れて行かれ、2時間も3時間も待たされても、平気でおとなしくしていた私。みんなにほめられたなあ。

私が選んだこと。すえては私のせい。嫌われるのが嫌で、いつも人の顔色ばかり見て、それはいい子なんかじゃなく、自分の意見を言う勇気もなく、見捨てられるのが怖かっただけ。でも抑圧していた気持ちが大人になってからこんなに大変なことになるなんて思っても見なかった。

小さい頃はこう思っていた。これは人生の予行練習で、もうしばらくしたら、「よく頑張ったね」って神様が出てきて、本当の両親のもとにいけるんだって・・・

そうやって昔から私は嫌なことは見ないように、そして戦わないようにしてきた。両親に道具のように扱われるのも、家族全員が私にすべてのストレスを向けるのも、それも私の役目なんだと思ってきた。

・・・きった傷がヒリヒリする。すべてが意味のあることなら、私がこの職場と出会ったことも、傷ついてリスカしたことも何か重要なことを教えてくれているのだと思う。その意味を何日も前から考えているのだけれど、まだ答えは出ない。でも、この傷があるうちは、少し冷静でいられそうな気がする。

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とうとう・・・

Image068 久しぶりにリストカット。

今日は(あっ、昨日)夜帰ってきたのが9時半、まずは過食。ジャンクフードを胃に詰め込んでみた。午前2時まで何をやっても気分が落ち着かなかった。

やらなきゃいけないことは山ほどあるのに、何も手に付かない。

そういう時は、自分に攻撃を向けるしかない。そうじゃなきゃ前に進めない。

でも、深い傷は作らない。これから夏になるし、死にたいわけじゃない。ただ、リセットしたい。気持ちをすっきりさせたい。

それで、やっぱり正解!ずっと霧がかかったようなかんじだった心がスーッと晴れていくのを感じた。

昨日の仕事は頑張ったと思う。最後まで平静を装って我慢した。自分をほめてあげようと思う。

事件は夕方起こった。仕事中に泣いてしまった女の子がいた。境界例の方なら分かると思うけど、自分以外で、誰かの注意を引こうとしている人がいたなら、それは耐えられない事で・・・その子は、公衆の面前で涙をぽろぽろこぼしていた。男の人は、一生懸命慰める。そしてその子は、「私が悪いんです、大丈夫です」としっかり泣き顔を見せる。

私はそこにいてそこにいないような、変な感じを覚えた。

急にもうおしまいだと思った。泣くことよりもっとすごいことをしなきゃいけないって思った。

もうここには私の居場所はない。心臓がどきどきして、何も手に付かなくなった。

同じ職場で、注意を引こうとする子がいるのは、絶望的な事。

競争するのは嫌だ。負けるのも嫌だ。だから辞めることを決意した。

次の出勤で辞めることを言おう。求人誌ももらってきた。こんなに心が揺れ動く職場は耐えられない。

いろいろ考えた。辞めるっていう時はクールに淡々といこう。もう、「私かわいそうでしょ、構ってください」という雰囲気は辞めよう。

皆さんはどうやって仕事してますか?続けることができてますか?

明日になったらもっと傷は増えていると思う。そして仕事に行く直前まで切ってしまうかもしれない。それでもいい。自分を守るためなら。

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